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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)4222号 判決

原告 大河原幸作

被告 全日本相互株式会社

主文

被告会社は原告に対し、別紙〈省略〉目録の契約額欄記載の各金額及びこれに対する同目録の契約成立日欄記載の日以降各完済に至るまで年一割の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告会社の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告会社は、もと朝日商事株式会社と称していたが、昭和二十九年一月八日現商号に変更したものである。

二、原告は被告会社に対し、昭和二十八年九月五日から昭和二十九年一月二十五日までの間に合計金六百九万円を、弁済期は貸付日から四箇月後、利息はその間一割と定めて貸し付けたのであるが、右貸付の日時及び貸付金額の明細は、別紙目録の各該当欄に記載するとおりである。

三、ところが昭和二十九年二月二十六日に至り、原告と被告会社との合意により前記各貸付金及びこれに対する貸付日以降四箇月間の一割の利息金以上合計金六百六十九万九千円を消費貸借契約の目的となし、且つ弁済期及び利息は従前通りとすることを約定したのである。

四、そこで原告は被告会社に対し前記準消費貸借契約にかかる元金中従前の貸付金の合計額に相当する金六百九万円及び同上元金中従前の利息金の合計額に相当する金六十万九千円を年一割の利率で換算した金額並びに上述の金六百九万円に対する前記準消費貸借契約成立の日時である昭和二十九年二月二十六日以降完済に至るまで右約定利率の範囲内である年一割の割合による利息と遅延損害金との支払を求めるものである。と述べ、

被告会社の主張に対し、

一、その主張事実は否認する。被告会社は、一般公衆から金員を借り受け、これを資金として貸金業を営むことを目的とするものであつて、被告会社の主張する株式譲受の募集等の方法は、単に名目上の形式に過ぎないものであり、実質的には株式譲渡のあつせんに藉口して貸付資金の調達を行つていたのである。このことは被告会社に対して株式譲渡申込書を提出し、その代金全額を支払つた者に被告会社から必ずしも常に株券が交付される訳ではなく、多くの場合は単に領取書が発行されるに止まること及び被告会社の役員が被告会社の主張する如き方法による資金集めについて詐欺罪の嫌疑を受けて公訴を提起され、現に審理されつゝあることに徴しても明らかである。

二、被告会社の自白撤回については異議がある。原告主張の貸金は成程原告以外の者の名義で貸し付けられたことになつているのであるが、それは単に名義をそのようにしたに過ぎず、すべて原告自身が貸付をしたのであつて、本件には直接関係はないが、原告は自己の名をもつて又は他人の名義を用いて被告会社に金員を貸し付けた事例は多々あり、被告会社においてもこの間の事情は熟知していたのであり、しかも本訴において主張する金銭貸借の当時における名義人の如何にかかわらず、これら貸金債権を原告の債権として準消費貸借契約を締結したことは前述のとおりである。

と述べた。〈立証省略〉

被告会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実中、被告会社が原告からその主張にかかる金員を借り受けたこと及び原告主張の準消費貸借契約を締結したことは否認する。

二、被告会社は、いわゆる株主相互金融と称せられる方式により貸金業を営むものであるが、その方法は大略次のとおりである。即ち(一)被告会社はその株式を取得しようとする者を募り、その希望者より株式譲渡申込書を徴する。(二)被告会社は、右申込者のために無料で株式の譲受をあつせんする。(三)株券は、株式譲渡申込者が譲受代金を完済すると同時に被告会社から交付される。但し、本人より依頼があるときは、被告会社において無料で保管して置く。(四)株式譲受人においてその譲渡を希望するときは、被告会社において無料でそのあつせんをする。(五)被告会社はその株主に限り融資を行うが、融資を受けない株主に対しては優待金という名義で一定率の金員を支払うのである。ところで原告は、被告会社のあつせんによりその株式を譲り受けたものであつて、現在もなお被告会社の株主である。しかも原告が本訴において被告会社に対する貸金と主張してこれが支払を請求している金員は、原告以外の者が被告会社の株式を譲り受けるために支出したものである。被告会社訴訟代理人が昭和二十九年七月三日の口頭弁論期日において、被告会社が原告より原告主張の如く合計金六百九万円を受け取つたことを認めた自白は、真実に反し且つ錯誤に基いたものであるから撤回する。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、被告会社がもと朝日商事株式会社と称していたが、昭和二十九年一月八日現在の商号に変更したことは、被告会社の明らかに争わないところであるので、これを自白したものとみなすべく、被告会社が原告から別紙目録の契約成立日欄記載の各日時に契約額欄記載の各金額合計金六百九万円を受領したことは、被告会社において一旦自白したところである。被告会社はこの自白を撤回する旨主張するが、右自白が真実に反することについては何等の証拠もないので右撤回は許されないものといわなければならない。

二、そこで、右金員の授受が如何なる原因に基くものであるかについて判断するに、この点に関して、原告は、右金員は原告より被告会社に貸与されたものであると主張するのに対して、被告会社は右金員は原告がいわゆる株式相互金融の方法により貸金業を営む被告会社の株式を譲り受けるための代金として支出したものであると抗争する。

(一)  証人栗栖富登、同菅沢茂、同黒沢正雄及び同岩崎和吉の各証言によれば、被告会社は株主相互金融方式による貸金業を営業目的とするものであることが認められる。

(二)  ところで証人大西静雄の証言によると左の事実が認められる。一般に株主相互金融と呼ばれるものは、次のような基本的な構想に基く業務方法をいうものである。即ち、

(イ)  かかる方式による業務の主体は、貸金業等の取締に関する法律に基き正規の届出をした株式会社である。

(ロ)  かかる会社は、その貸付の相手方を専らその株主に限定し、会社の設立又は増資に当り、会社の役員又はその縁故者に株式を引き受けさせ(貸付資金の充実増大を図るため、この種会社においては増資が必至とされるのである。)株式の譲受を希望する者又は一旦株式を譲り受けた後これが譲渡を希望する者があれば、会社は無料でこれをあつせんするのであるが、いずれの場合においても譲受代金を一時に支払い得ない譲受人及び譲渡希望者で直ちに譲渡代金に相当する金員を必要とする者のためには、会社からこれらの者に資金を貸し付けるという方法によつて株式代金に相当するものの立替払をなし、後日譲受人から日掛月掛等の割賦によつてその償還を図る。

(ハ)  株主で会社から融資を受けない者に対しては融資を受けた株主から支払われる利息の収入状況と見合せて一定率の金員を優待金その他の名義で交付する。

(ニ)  会社は貸付金の利息と優待金との差額により利潤を取得するのである。

(三)  成立に争いのない甲第一号証の二乃至二十九並びに証人栗栖富登、同菅沢茂、同黒沢正雄及び同岩崎和吉の証言に株式相互金融なる業務方式が前段に認定したようなものであることを綜合して考察するときは、株主相互金融方式により貸金業を営む被告会社はその「株主相互金融約款」と称するものにおいて(イ)被告会社は、その株主として被告会社から金融を得又は優待金の支払を受けて利殖を図ろうとする者から株式譲渡申込書なる書面の提出があれば、直ちに株式の譲受を無料であつせんする。(ロ)株券は株式譲受代金全額の支払(その割賦支払をも認める。)と同時に譲受人の申出によつて交付する。(ハ)株式譲受の申込人がその譲受代金を完済する以前に解約を申し出た場合には、払込済の代金は払込完了の予定日経過後でなければ返還しない。(ニ)株式譲受人でその株式の譲渡を希望する者のためには、被告会社において無料でそのあつせんをなし、譲渡申出後所要の手続を終り次第被告会社からその譲渡代金を交付する旨定めていること、右約款の定めるところにより、被告会社がその株式の譲受を申し込んだ者に対し譲受をあつせんする株式は、大部分かかる場合の必要に備えるため、被告会社の役員個人又はその縁故者等があらかじめ保有している株式をもつてその用にあてるものであつて、その譲渡代金は被告会社が株式譲渡名義人から借り受けたという形式により被告会社に収納してその事業資金に使用すること、株式譲受人から株券交付の申出がないときは、被告会社は株式譲受代金の領収証を発行するに止まり、株券は被告会社において保管するという形式をとること、被告会社の株主でその株式の譲渡を申し出た者があつた場合において、当時株式譲受の申込人がないため被告会社において即時にその譲渡をあつせんすることができないときには、被告会社から譲渡申出人にその代金を一時立替払したこととし、後に譲受人が出来したときにその払込代金をもつてこれを補填すること、被告会社の行う融資の相手方がその株主に限られ、株主で融資を希望しない者に対する優待金の支払等に関しては、上述した一般の株主相互金融の方式と大体同様であることが認められる。

(四)  上来認定にかゝる事実関係に基いて考察するに、被告会社が株主相互金融による貸金業を営むために、その株式の譲受又は譲渡を希望する一般大衆のためにそのあつせんをするという方式については法律的にみて種々の疑念なしとしないのである。即ち株式譲受代金の受入という形式による被告会社の営業資金の調達が不特定多数の者からする預り金にあたるのではないか、株式譲受申込人に譲渡すべき株式をあらかじめ被告会社の役員個人又はその縁故者等の名義で保有しておくこと及び株主から譲渡の申出のあつた株式につきたとえ一時的ではあるにせよ被告会社においてその代金を立替払してその株式を保管しておくことが会社の自己株式取得の禁止を潜脱する虞はないか、株式譲受代金の分割支払を認めることが株金の全額一時払を強制する法律の精神にもとるものでないか等はその一例である。かようにみて来ると被告会社がその業務遂行のために採用する叙上の方式には各種の疑点が包蔵されているのであるが、被告会社の自ら整えた形式はともかくとして、これをその実体に即して観察すれば被告会社は単に株式の譲渡又は譲受をあつせんする第三者ではなく、実質上は株式の譲受又は譲渡希望者との間に会社の営業資金の受入又は払戻という直接の法律関係に立つ当事者に外ならないのである。即ち株式譲受希望者からはその譲渡代金名義で営業資金を受け入れ、株式譲渡希望者に対しては一旦受け入れた資金を払い戻す義務を負担するものであつて、右の如き方法に従つて調達した資金の運転により被告会社の株主であることに資格を限定するとはいえ、被告会社から金融を受けることを希望する者には貸付をなし、融資を希望せず被告会社に対する出資という手段により専ら利殖を図ることを目的とする者に対しては優待金名義で一般の預金の利息よりも好率の支払をすることこそ被告会社の業務の実熊であることが十分に窺い知られるのである。

(五)  さて証人栗栖富登、同菅沢茂及び同宿谷文三の証言を綜合すれば原告は、戦前から懇意の間柄にあつた訴外栗栖富登が外交部長をしていた被告会社に対し昭和二十六年十月頃から利殖を図る目的で前述の如き株式譲受金名義で相当多額の払込をして、被告会社の株主として遇せられ、被告会社から優待金の支払を受けていたところ、その後被告会社の営業状態が悪化し、優待金の率も引き下げられる等のことが起つたため、将来その支出した金員の返還を求めることができなくなるかも知れないことを慮り、被告会社に対しその回収方を申し出るに至つたのであるが、被告会社は、大口出金者たる原告に対し返金をしなければならないことになると業務の運営に多大の支障を来すべきことを恐れ、原告と協議の結果、原告の支出した金員を被告会社に対する資金に改めること(その明細は後述する。)の合意が成立し、暫くこれが返還の猶予を得たことが認められるのであるが、かようなことが行われたことは、原告が被告会社の株式譲受名義で金員を支出したことがその形式に符合するとおりの実体上の原因に基くものであるからには到底理解し得られないのである。これを逆にいえば、原告が前述のような形式の下に出金した原因関係の実体は、少くとも被告会社の株式譲受というようなものではなかつたものと解するのが相当である。叙上本段における判示を彼此合わせ考究するときは、原告が被告会社に対して交付したことについて冒頭に説明したとおり当事者間に争いのない別紙目録記載の合計金六百九万円は、被告会社の主張する如き株式譲受代金ではなく前掲(四)において判示したところに徴して知り得るとおり、結局は被告会社において原告に対し返還しなければならない性質のものであると断ずべきである。なお、その詳細は後述するところに譲るが、被告会社は、原告から受領した金六百九万円をその後原告よりの借入金と認め、これを目的として原告との間に準消費貸借契約を締結したのであるが、かかることが行われ得たのは、右金員の授受が実質的には原告において被告会社の株式を譲り受けたことに基因するものでなく、その金額について元来被告会社が原告に対して返還義務を負担していたればこそであつて、むしろそのために採られた形式がここに始めてその実体に合致せしめられるに至つたものと解すべきである。

三、成立に争いのない甲第二号証、作成名義人朝日商事株式会社(商号変更前の被告会社)の印章を押捺した印影であることが当事者間に争いのないことにより被告会社作成の文書として真正に成立したものと推定すべき(この推定を覆す証拠はない。)同第三号証及び成立に争のない同第一号証の二乃至二十八並びに証人栗栖富登、同菅沢茂及び同宿谷文三の証言に本件弁論の全趣旨を綜合するときは、被告会社は、昭和二十九年二月二十六日原告との約定により、その当時までに原告が被告会社の株式譲受名義で(その実質が如何なるものであるかについては既に判示したところである。)支出した前述の合計金六百九万円及びその各口の支出金に対するその支出日以後四箇月間の一割の金員(優待金名義で被告会社から原告に支払を約定した金員)合計金六十万九千円、以上総計金六百六十九万九千円を被告会社の原告から借入金と認てこれを消費貸借の目的としたことが認められる。証人岩崎和吉の証言中右認定に牴触する部分は措信し難く、他に右認定を飜すに足りる証拠はない。

してみると原告と被告会社との間に締結された右準消費貸借契約は有効なもの(四箇月間につき一割の割合による優待金名義の金員に関する部分については、明治十年太政官布告第六十六号利息制限法に定める制限を超過した利息を消費貸借の元金に組み入れたものではないかとの疑がないでもないが、この分については原告は年一割の制限の範囲内に減縮して請求しており、且つ本訴請求の元本額にはこれを加算していないので、この点については論及する必要がない。)というべきである。ところで前示準消費貸借にかかる金員に対する利息及び弁済期については、原告と被告会社との間で特に約定をしたことを認め得る証拠は存しないが、前述した準消費貸借契約締結の経緯に鑑みるときは、契約以後においても被告会社は原告に対する従前の優待金の率と同率の利息を支払い、且つ弁済期は従前と同様四箇月後とする暗黙の合意が当事者間に存したものと解するのが相当である。

四、されば被告は原告に対し、原告が本訴において請求するところにかかる前記準消費貸借契約の元金の内金六百九万円とこれに対する原告の出金の日(その内訳は別紙目録中契約成立日欄記載のとおり)から右準消費貸借契約成立の前日まで年一割の金員を加算した金額並びにその内金六百九万円に対する右準消費貸借契約の成立の日である昭和二十九年二月二十六日から四箇月間年一割の利息及び弁済期の翌日から完済まで右と同一率の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、従つてこれが支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 可知鴻平 高野耕一)

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